アーティスト - ダブ・レゲエ

リントン・クウェシ・ジョンソン(Linton Kwesi Johnson)とは│レゲエ・アーティスト

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リントン・クウェシ・ジョンソンは、ダブ・ポエットを歌うアーティストです。

かつ、ダブ・ポエットと言うジャンルを作り出したのが彼です。

レゲエのリズムで詩を読む独特なジャンルになります。

なんて、ダブの時点で独特なジャンルですけどね(笑)

 

 

 

リントン・クウェシ・ジョンソン(Linton Kwesi Johnson)とは?

ダブ・ポエトラーのリントン・クウェシ・ジョンソン。

英国ジャマイカ人の話し言葉を使った詩作のスタイルです。

黒人に対する人種差別や社会への不景気事情等彼のレコーディングに影響を与えている。

詩の重いが深いのが特徴的です。

 

 

 

歴史

リントンは、1952年にジャマイカのクラレンドン教区チャペルトンに生まれます。

1963年の11歳の時には、母に連れられてイギリス・ロンドンのブルクストン地区に移住します。

その後はロンドン大学ゴールドスミス校に進んで社会学を学び、黒人解放運動組織

ブラック・パンサーに入ったり、ポエトリーのワークショップをオーガナイズしたりするようになりました。

 

デビュー作は1977年に発表された「Dread Beat An'Blood」です。

それは、デニス・ボヴェル・ダブ・バンドが演奏するレゲエのビートに乗せて

自作の詩を朗読するスタイルで歌い上げた物です。

この詩を朗読する独自なスタイルは、ダブ・ポエットと呼ばれるようになります。

この曲のDVDは日本でも20006年に発売されています。

この曲はジャマイカとは全く異なる重さがあり、

それは当時のイギリスの不景気で暗く肩をすくめて歩いているUKジャマイカンの

雰囲気を見事に曲で表現しています。

 

続いては1979年に「Forces Of Victory」、1980年に「Bass Culture」をリリース。

この2枚を基に1980年に「LKJ In Dub」もリリースされています。

 

1981年に、南ロンドンのニュークロスで人種差別主義による放火と見られる火事が起きた。

その火事では、黒人の子供13人が亡くなるという事件だったが、

警察はなんと十分な操作をせずに真相が究明されなかった。

そんな非情な事件、警察に対する不満や、

黒人の失業率が高まっていることへの不満がたまり一気に爆発しました。

1984年に出したアルバム「Making History」は

まさにこの当時の空気感をしっかりと表現したようなアルバムである。

 

その後1980年後半は、日本でいうバブルと同じような

景気がかなり回復したため、リントンの役目的な立ち位置が必要でなくなった。

 

その後しばらく相手からまた曲をリリースしています。

来日も行っていました。

 

 

 

 

 

最後に

イギリスの人種差別や貧困層が多いような社会的にも安定していない時代から

バブルの時代をフルに活動していたリントン・クウェシ・ジョンソン。

彼の曲を聞いて、当時のリアルを是非感じてみて下さい。

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