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ジュニア・リード(Junior Reid)とは│レゲエ・アーティスト

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ルーツ・ロック・レゲエ・アーティスト。

Black Uhuruのリードボーカルとしても活動していました。

ダンスホール・レゲエでのキャリアもあります。

今回はそんな彼にフィーチャーしていきたいと思います

 

 

 

 

 

ジュニア・リード(Junior Reid)とは

「Junior ’One Blood'Reid」と紹介されるほどの代名詞、

大ヒット曲「One Blood」をリリースしたことで知られる

ジュニア・リードです。

 

それは、1989年のダンスホール真っ盛りの時期に

大ヒットを記録したものとなり、

ダンスホール・アーティストというイメージが

ついている方も少なくはないかと思います。

 

しかし、ダンスホールとは雰囲気の異なる

ルーツ・レゲエ・アーティストでもあるという事は見逃せない。

 

 

 

 

 

歴史

彼は、1963年6月6日にジャマイカのキングストンで生まれました。

ジャマイカでも危険なエリアのウォーターハウス地区で暮らし、

厳しい教育を受けてきました。

 

そんな彼は、13歳の時に

オーガスタス・パブロの下で初のシングル

「Speak the Truth」をレコーディングしました。

それは、英国で人気のシングルとなりました。

 

その後ルーツ・コーラス・トリオの

ヴォイス・オブ・プログレス(Voice of progress)を結成し

活動を経て1980年代前半に兄貴的存在の

シュガー・マイノットと行動を共にするようになります。

この頃に、マイノットのユーツ・プロダクションで録音された

数多くの楽曲は、彼のキャリアの中でも注目すべきキャリアの一つでしょう。

 

彼はキングジャミーのスタジオに活動を移して

さらに急成長を遂げ、1980年代のルーツナンバーでさらに成功をおさめます。

英国での最初のヒットは「Boom Shacka Lacka」

他にも「Youthman」「Banl Clerk」「Sufferation」「Give Thanks and Praises」

「Higgler Move」等々数々のシングルをリリースします。

 

その後、彼は自身のレーベル「Jr Productions」を設立しています。

 

そして1985年からはブラック・ウフルのメンバーとして

活躍をしていきました。

 

 

 

 

 

最後に

1976年から活動を行ってきたジュニア・リード。

昔のかなり大物、ビッグマン・アーティスト達と共に

活動を行ったリードの腕は確かな物です。

 

そんな彼のルーツナンバーからダンスホールまで、

数多くの曲は是非チェックしておきたい。

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