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キース・ハドソン(Keith Hudson)とは│レゲエ・アーティスト

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キース・ハドソン(Keith Hudson)は

レゲエシンガーでもあり

プロデューサーでもあります。

プロデュース業は小さいときから行っていたよう。

今回はそんな彼にフィーチャーしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

キース・ハドソン(Keith Hudson)とは

子供の頃から音楽に興味を持ち、

10代でプロデュースもしていたよう。

本格的にプロデュースを始めるのは、

1960年代末、自身のレーベルを興してからです。

 

彼の名作は「Pick A Dub」です。

初期だ部の傑作と言われており、

Lee Perry King TubbyErrol Thompson

並ぶ「創世記ダブ四天王」と言われてたりします。

 

 

 

 

 

歴史

1946年に生まれました。

彼は音楽家で育ち、キングストンの

ボーイズタウンスクールに参加しました。

ボブマーリーデルロイウィルソンケンブースなどの

同級生と学校でコンサートを開催していました。

 

彼が最初にリリースしたのは

1969年頃、ロックステディなトラックに

DeejayのDennis Alcaponeによる歌をのせた

「Shades of Hudson」を自身のレーベルInbidimts

からリリースしました。

 

一方で彼は歯科医という経歴もある。

歯科医で働き資金を集めていました。

 

そして自身のレーベルから

1969年、ケンブースから「Old Fashion Way」

デルロイ・ウィルソンから「Run Run」などをヒットさせる。

1970年代にはビッグ・ユースから「S90 Skank」

デニス・アルカポーンから「The Sky's The Limit」など

続々とヒット曲をリリースしました。

 

自身のヴォーカル物も作成しシンガーとしても活躍を果たした。

 

1973年には渡英し、名作のダブ「Pick A Dub」をリリース。

1976年にはニューヨークを拠点にするなど、

ジャマイカで制作を行いながら、海外にビジネス拠点を置いたのも

彼の特徴であった。

 

イギリスではヴァージン(Virgin)と契約を交わし、

ヴァージンから「Too Expensive」をリリースしたり

自身のレーベルから「Rasta Communication」を製作、

「Brand」「Nuh Skin Up Dub」などダブの名作も

数多く残しました。

 

1980年代に入ってからも、アルバム「Playing It Cool & Playing It Right」

をリリースしました。

 

しかし、1984年肺癌の為他界します。

 

 

 

 

 

最後に

名作のダブ作品がいくつもあったり、

自身もシンガーとして活動を行ったりと

幅広く活躍を行っていました。

若くして亡くなってしまったのが惜しいですが、

彼の名作は今でも世界中のファンから

支持されています。

ダブ好きは是非名作をチェックしてみて下さい。

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