アーティスト - ルーツ・レゲエ

リー・スクラッチ・ペリー(Lee "Scratch" Perry) とは│レゲエプロデューサー

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リー・スクラッチ・ペリーLee "Scratch" Perry)

ダブのエンジニアとして有名なレゲエプロデューサーです。

ルーツレゲエ、ダブを調べていくと必ず通る方です。

今回はそんなリーペリーにフィーチャーしていきたいと思います。

 

 

リー・スクラッチ・ペリー(Lee "Scratch" Perry) とは?

ルーツレゲエの時代を生きていたリーペリー。

そのため彼がリリースする曲はもちろんルーツレゲエがたくさんである。

 

そんな彼は自身のスタジオ「Black Ark Studios」を設立。

コアなレゲエ好きの中には、「Black Ark」以外で

レコーディングされた曲以外は聞かない人もいるとか。

それだけレゲエの神とも言われるリーペリーのレゲエへの影響は大きいのでしょう。

 

 

 

 

 

歴史

1936年に生まれました。彼の育った家庭は貧しい小作農だったという。

1950年代後半から、コクソン・ドッドのサウンド・システムで働き始める。

その時に、スタジオ・ワン・レーベルで30曲程スカの曲のレコーディングを行ったが、

コクソン・ドッドとの良くある話で、金銭上のトラブルがあったり、

お互いの性格が不一致でぶつかったりしたこともあって一緒に働くことをやめました。

その後は「ジョー・ギブス」の元でレコーディングのキャリア積むが、

そこでも金銭上のトラブルが起こってしまい、またここでも働くのをやめてしまう。

 

1968年後半に、自身のレーベルUpsetterを設立。

そこから独立したプロデューサーとして活動をスタートする。

ジャマイカやイギリスでたくさんの曲をリリースする。

そんな中1973年には、自宅の裏庭に「Black Ark Studios」を建設。

そのスタジオでは、Bob Marley & The Wailers MAX ROMEOThe Heptones等の

有名なアーティスト達のプロデュースを行った。

そしてこのブラック・アークはキングストンのラスタの音楽文化の中心となっていたそう。

 

その後は、「King tubby」の影響により、

リーペリーの音楽性が広がり、ダブの方にも手を付けていく。

Yabby You(ヤビー・ユー)Augustus Pablo(オーガスタス・パブロ)等の

プロデューサーたちとも楽曲制作を行っていた。

そのころには完全に、キングストンのラスタ音楽、

ルーツレゲエミュージックシーンの中心にブラック・アーク・スタジオが存在していた。

 

1978年に、彼は機材誤配線により、スタジオを全焼させてしまう。

それにより一時彼の心は病んでしまっていましたが、

その後も音楽活動を行い、リリースを続け、各国ツアー等も行っている。

 

 

 

 

 

最後に

古き良きルーツレゲエミュージックの中心のスタジオ設立者が

このリーペリーだったんですね。

ブラック・アークからのリリース曲はどれもいい曲ばかりと思います。

そんな彼の一番有名なアルバムは「Super Ape」ですかね。

ジャケットを見たら「あ、見たことある!」ってなる方も多いかと思います。

是非定番から皆さん聞きこんでみましょう~( '-' )

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