アーティスト - ルーツ・レゲエ

プリンス・ファー・ライ(Prince Far I)とは|レゲエ・アーティスト

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プリンス・ファー・ライ(Prince Far I)は

ラスタのレゲエ・ディージェイです。

さらにプロデューサーでもあります。

ルーツ・レゲエ全盛期の頃から活動を行なっています。

今回はそんな彼にフィーチャーしていきたいと思います。

 

 

 

 

 

プリンス・ファー・ライ(Prince Far I)とは

彼は、レゲエのディージェイ兼プロデューサー。

「チャンティング」と称されている

朗読するような独特な歌唱法を用い

歌うアーティストです。

さらに、彼はダミ声でもあります。

間違いなくルーツ・レゲエ期の

異端であったと思います。

異端でありながら、最高傑作。

そんな彼は、残念ながらジャマイカで

銃弾によってこの世を去っています。

 

彼は、1944年にジャマイカの

スパニッシュタウンで生まれました。

本名は、マイケル・ジェイムス・ウィリアムスです。

 

音楽活動は、サウンドシステムで

ディージェイとして活動を開始しています。

 

仕事は、ジョー・ギブスのスタジオで

警備員として働き、

後にスタジオ・ワンでの警備員としても働きました。

 

そんな彼は、

ジョー・ギブスの基でレコーディングを行なった

セカンドアルバム「Under Heavy Manners」

で大ヒットを記録し、有名になります。

 

そして、英国の

ヴァージン・トロージャン・レコード

と契約を行います。

 

さらに自身のレーベル

「クライ・タフ(Cry Tuff)」を設立、

そこからプロデュース業も行なっていくようになります。

 

1978年から1981年の間で、

12枚ほどのアルバムを手がけます。

その中でも4枚リリースされた

「Cry Tough Dub Encounter」のシリーズは、

ポスト・パンク関係の人たちから絶賛され、

その影響でヨーロッパで活動をメインとするようになる。

 

そこでは、「On-U Sound Records」

運営しているエイドリアン・シャーウッドとの

交流も深く、On U Soundsのユニット
Singers & Playersとコラボしたりもしています。

 

プロデューサーとしては、

Prince Far I & The Arabsという名で

作成したダブの「Cry Tuff Dub Encounter」

などが有名どころです。

 

1983年に彼はジャマイカ、キングストンの自宅で

銃弾によりこの世をさりました。

 

エイドリアン・シャーウッドはそのことに

酷く落ち込み、レゲエというジャンルからの

音楽制作をやめてしまうほど。

レゲエを続けていく気力を失うほど

それほどショックだったと語っているそう。

 

 

 

 

 

最後に

ジャマイカンアーティストは

結構多くの方が銃弾によって

この世をさっていますね。

 

この世を去ってしまっても

音楽はこの世に残り続け、

今もなお多くのファンから愛されています。

 

彼もその一人で

この世からまだ愛され続けている

偉大なアーティストの一人です。

 

彼の独特なトースティングを、

ぜひその耳で聞いてみてください。

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