ボブ・マーリー再来とまで呼ばれたガーネット・シルク。
爆発的にヒットし一躍有名になったシンガーです。
活動期間は3年足らず。
今回はそんな彼にフィーチャーしていきたいと思います。
ガーネット・シルク(Garnett Silk)とは
若くして将来を期待されたアーティストです。
しかし活動期間は3年足らずと、
残念なことに事故死でこの世を去っています。
彼が死したときは、島中で涙が溢れたとの言い伝えも。
そんな彼がアルバムデビューし、
デビュー作にして爆発的なヒットをした大傑作が「It's Growing」です。
ガーネットの歌声がまたいいですねぇ~。
個人的に「Keep Them Talking」が好きです。ルーツ・レゲエ・ミュージック・デヤ。
彼は、この時代にはもう少なくなってきた
ラスタな精神を再び歌っています。
この時代の暴力、銃声などが溢れた不安定な社会に、
ポジティブなメッセージから島のみんなは勇気づけられていました。
きっとそれは上記貧困層の島民のみならず、ゲットーのバッド・ボーイにも響いてたのではないでしょうか。
歴史
本名ガーネット・ダミオン・スミス(Garnet Damion Smith)は
1966年にジャマイカのマンチェスター教区で生まれました。
彼の音楽キャリアは、12歳の時にリトル・ビンボという名でスタートしています。
Deejayとして活動していましたが、なかなか芽は出ませんでした。
しかし、徐々に生え始めます。
初のレコーディングは1987年、「Problem Every , where」です。
その後活動拠点をキングストンへ移します。
1989年に、デリック・モーガンの提案で、スミスはDeejayからシンガーへと変わります。
1990年に、性や暴力をテーマとした曲が流行っていたのに対し、
ラスタ回帰を促すかのような「Hello Africa」「Splashing Dashing」をリリースしヒットさせました。
そして1992年に大傑作の「It's Growing」をリリースします。
大ヒットし、一躍有名になります。
しかし、1994年、マンチェスター教区のマンデビルの母の住む家を訪ねた際、
母と共に火事でこの世をさりました。
火事の原因は、拳銃の発砲によるプロパンガス爆発により起こりました。
死の経緯は諸説ありますが、真相は分かっていません。
ただわかっているのは、彼が死したことにたくさんの方が涙したことです。
最後に
ダンスホールの流行り、性、暴力に影響されることなく
ラスタなメッセージを込めた曲をリリースしヒットさせたビッグなアーティスト。
彼がこの時代にこれだけラスタな曲をヒットさせていなければ、
今の弱ラスタアーティストたちはどうなっていたのか。
それはわかりません。
90年代にしてラスタミュージックをどかんとヒットさせた彼の曲を
是非みなさんチェックしてください。
そしていい曲は彼が死しても未だなお後世に語り継がれていくでしょう。